やぎのチーズ
チーズには憧れがある。
チーズ図鑑を買ったほどである。
美しい円形のチーズたち。
クリーミーそうな柔らかな色味や、つやを帯びた外観。
そして、チーズ職人たちのこだわりや手間暇についての素晴らしい賛美を載せた説明文たち。
全てが魅力的、チーズに生えた色とりどりのカビたちでさえ魅力的である。
ただ残念なのは、名前がフランス語であまりに難しく、何一つ覚えられなかったことである。
そんな図鑑にも載っていた、やぎのチーズ。
山羊の胃袋の中で、山羊の生乳を発酵させるチーズが稀少品らしい。
結構おそろしい製造工程である。
残酷と思いながら、一度味をみてみたいと思った。
そんなある日、たまたま軽いコース料理を食べに店に行くと、選べる前菜のメニューの中に、やぎのチーズサラダなるものがあった。
これはもしや、あのやぎのチーズだろうか。
そう思って注文することにした。
楽しみに待っていると、目の前にサラダが置かれた。
大振りのお皿に載せられたきれいなサラダ。
半熟のたまごが添えられている。
美味しそう。
そう思う前に、強いチーズ臭に辟易した。
なんて強烈。
まるで、色んな体育着を放置し続けたロッカーのような匂いだ!
と、グルメな舌を持っていない私は、恐れ多くもそんな感想を抱いた。
おそらくチーズを食べる資格なしであろう。
それは甘んじて受け入れよう。
けれども、こんなに強烈な香りは、台湾の肉うどん以来である。
衝撃的かつ刺激的過ぎる香りを放った肉うどん、ついに私は一度も美味しいと思うことができなかったが、それと同等の破壊力を持っていた、やぎのチーズ。
果たして山羊の胃袋で発酵させたものかどうかは知らないが、おそらくもう二度とやぎのチーズを注文することはないだろう。