父と歯医者

私の父は、医者という医者全てが嫌いである。
特に注射を打つような医者は怖がって絶対に行かない。
痛いのが本当に嫌いなのだ。
それは誰だって痛い思いをするのは嫌だと思うが、父のそれは半端ではないのである。
中でも一番嫌いなのは、何と言っても歯医者である。

昔父は歯科技工士のアルバイトをやっていた。
銀歯を作ったり、差し歯をつくったりするのだ。
だから、歯医者の専門用語にはやたらと詳しい。
私の歯が虫歯になったりすると、何番の何とかがCだな、とか言ってくる。
他にもなにやら色々小難しい用語を使ってくるが、私には何のことやらさっぱりなので聞き流している。
そんな歯医者と縁のある父が、歯医者にいくのをかたくなに拒むのは、見ているこちらとしてはちょっと笑ってしまう。
さんざん色々言ってくるくせに、自分は行かないなんてまるで子供のようである。
それでも、数年に一度、どうしても歯が痛くなって通わなくてはならない日がやってくる。
余談だが、彼は歯磨きをごく雑にしかしないのである。
よく数年に一度で間に合うものだと思うが、絶対に虫歯を何本か隠しているに違いない。
それはさておき、その数年に一度の歯医者通院の折、父は確実に気絶をして帰ってくる。
歯を削るあのときである。
施術してくれている歯科医師の人や、歯科衛生士の人は、きっと父が寝ていると思っている。
歯医者に行くと寝てしまうという人がたまにいるから(私には信じられないが)。
でも、実際父は気絶をしているのであるなら。
決して寝ているわけではない。
治療が終わった後、「終わりましたよ」と言って揺り起こされているだろうと想像すると、そしてそのまま何もなかったように帰ってくるところを想像すると、うちの父は絶対に長生きをすると思えるのだ。

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